排出量取引とは?2026年から一部企業は参加義務の対象に

脱炭素 更新日: 2025.05.08

排出量取引とは?2026年から一部企業は参加義務の対象に

排出量取引とは、温室効果ガスの排出量を削減することを目的とし、国や企業における温室効果ガスの排出量をクレジット化して取引を可能とする制度です。

日本でも排出量取引は一部の地域や枠組み内で実践されていますが、一部条件を満たした企業や枠組みに参加している企業が対象となっています。

排出量取引制度は、脱炭素を推進するにあたって、重要な制度の1つで、2023年にGX推進法が制定されて以降、自主的な参加による排出量取引が行われてきましたが、今後は条件を満たす企業の参加が義務付けられることが考えられます。

こちらの記事では、排出量取引制度の紹介と今後の動きについて、2025年に国会に提出予定となるGX推進法の改正案の内容を踏まえてご紹介いたします。脱炭素にご興味のある方や、今後の脱炭素の施策について興味ある方へ、日本でも導入の可能性がある排出量取引について仕組みや内容について解説します。

こちらからは、脱炭素が推進される背景や脱炭素経営を実現するための手法をまとめたハンドブックをご用意しています。ぜひお手にとってご覧ください。

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排出量取引制度はGX推進法改正案でどう変化する

GX推進法の改正案により、日本の排出量取引制度(GX-ETS)は、2026年度から義務的な制度へと移行する予定です。これにより、企業の温室効果ガス排出削減への取り組みが強化され、脱炭素社会の実現が加速されることが期待されています。

主な変更点と制度設計

1. 対象企業の義務化
年間のCO₂直接排出量が10万トン以上の事業者(単体)が、排出量取引制度への参加を義務付けられます。これにより、約300~400社が対象となり、日本の温室効果ガス排出量の約60%を占める規模となります。

2. 排出枠の割り当てと報告義務
政府は、業種ごとの特性を考慮した指針に基づき、対象企業に排出枠を無償で割り当てます。企業は、割り当てられた排出枠に対して、翌年度に実際の排出量を報告し、同量の排出枠を保有することが義務付けられます。

3. 排出枠の取引市場の整備
排出枠の過不足を調整するため、企業間での排出枠取引が可能となります。取引価格は、排出枠の上下限価格を設定し、安定化を図ります。

4. 段階的な制度導入
2026年度から制度が本格稼働し、2033年度からは発電事業者への排出枠の有償オークションが導入される予定です。

排出量取引とは

排出量取引とは、温室効果ガスの排出量をクレジット化し、国や自治体、企業間で取引する制度です。この制度は、炭素に価格付けを行い金銭的な負担を課すカーボンプライシングの代表的な手法の1つとして挙げられます。

温室効果ガスの排出量が取引される排出量取引は、炭素に直接的な価格付けがされていることから、明示的カーボンプライシングに分類されます。反対に二酸化炭素に値段はつけてないものの、意図せず二酸化炭素の排出抑制などに貢献し、結果的に二酸化炭素に値段がついてくる再エネ賦課金などは暗示的カーボンプライシングに分類されます。

排出量取引には、「キャップアンドトレード」と「ベースラインアンドクレジット」の2つのモデルがあります。

キャップアンドトレード方式

キャップアンドトレード方式とは、政府や自治体が温室効果ガスの排出量の上限(キャップ)をかけ、産業部門や事業者に対して排出量を割り当てる方式です。この方式の特徴は、排出量の削減目標が明確になっているため、制度的に強制力がある点です。

この方式では、もし企業が自社の排出量を抑えた場合、余剰の排出量を市場で売却することができます。逆に、排出枠を超過した企業は、他社から排出量を購入する必要があるため、二酸化炭素の削減によるインセンティブが生まれます。この仕組みにより、環境面での貢献だけでなく、経済の活性化にもつながるモデルと言えます。

ベースアンドクレジット方式

一方で、ベースラインアンドクレジット方式は、事業者の自主的な環境貢献を評価するための制度であり、温室効果ガスの削減事業を実施した場合と実施しなかった場合で温室効果ガスの排出量を比較し、その削減量をクレジット化する仕組みになります。
ベースラインアンドクレジット方式では、環境へのポジティブな貢献を評価が評価され、削減事業に応じてクレジットが発行されます。日本においては環境省、経済産業省、農林水産省が運営している「Jクレジット制度」がこれに該当します。

どちらも排出量取引には該当しますが、規制的側面を持つキャップアンドトレードと、自主的活動をベースとするベースラインアンドクレジットは、根本的に異なる制度であることが理解できるかと思います。
そのため、キャップアンドトレードは制度の対象となる企業の選定、規制や基準の設定などが容易ではなく、制度化への敷居が高くなることが一般的であるといえます。

背景と目的

排出量取引の背景には、地球温暖化や環境問題の深刻化があります。

地球温暖化の影響が顕著にあらわれた例として、2023年の平均気温が、世界全体で産業革命前から1.5℃近く高い水準を記録したことが挙げられます。

2015年に採択されたパリ協定では、世界の気温上昇を産業革命前から比較して2℃以上、さらに1.5℃よりも低く保つ努力をすることが求められ、その後2021年のCOP26において「グラスゴー気候合意」が採択され、これ以上の気候変動の抑制には低炭素では不足し、2℃目標でも不足し、1.5℃目標が現在の脱炭素の指針となっています。

これらの問題に対処するため、多くの国が温室効果ガスの削減、脱炭素を目指す政策を導入しています。

排出量取引制度の主な目的は、効率的な排出削減を促すことです。
温室効果ガスの排出量に上限を設定することで、着実に温室効果ガスを進めるとともに、排出量を取引することで、経済的な利益を追求しつつ環境保護へ貢献できます。この結果、全体の排出量を適切に管理しながら削減されることが期待されています。

排出量取引の流れ

ここからは、キャップアンドトレード方式による排出量取引がどのように行われるかについて説明します。

排出量の決定と排出枠の発行

まず、排出量取引の基盤となる排出量の決定をします。これは政府や関連機関が科学的データを基に、各産業や企業の平均排出量を算定し、その上限を設定します。

次に、この上限に基づいて、企業ごとに排出枠を発行します。各企業は、この枠内で温室効果ガスの排出を止める義務があります。万が一、設定された排出枠を超過した場合、追加の排出量を購入する必要があります。この仕組みが、企業に自主的な排出削減を促します。

排出枠の分配方法

排出枠の分配方法には、3つのアプローチがあります。
1つは、政府が業種・製品に係る望ましい排出原単位(生産量当たりのCO2排出量)を設定し、これに生産量に基づいて配分される「ベンチマーク方式」です。これまでの削減努力が反映されるため公平性が保たれる方式と言えます。しかし、全ての業種・製品でのベンチマーク設定が難しいという問題点があります。

2つ目は、過去の排出実績に応じて排出枠を設定する「グランドファザリング方式」です。過去の排出実績から排出枠を設定するため、ベンチマーク設定が不要になりますが、これまでの削減努力が反映されないという点で、公平性の観点でベンチマーク方式に劣ります。

3つ目は、「オークション方式」です。排出枠がオークションで売却され、企業はこれを購入することになります。この方式では、過去に削減対策を実施していれば少ない排出枠の購入で済みます。企業がコストを考慮して競争的に排出量を抑えるインセンティブを生むため、柔軟性も確保されています。

排出枠の取引と確認

排出枠の分配後、企業は排出枠内に収めて事業活動を行います。
排出枠を超えてCO2を排出する場合は、排出枠に余剰がある企業から追加の排出量を購入する必要があります。

排出量取引の算定期間後には、CO2排出量の算定と報告、第三者機関などによる検証が行われます。排出上限が遵守されなかった場合、罰則や罰金が課されます。

排出量取引のメリット

まず、キャップアンドトレード方式による排出量取引のメリットとして挙げられるのは「効果に確実性がある」という点です。キャップアンドトレード方式では、削減目標が明確化されており達成ができなかった場合に罰則の規定がある強制力のある制度となっています。そのため、温室効果ガスの削減効果に確実性があります。そうした制度の運用により、企業の自発的な温室効果ガス排出削減の取り組みを促進します。

そのほかに、「企業における温室効果ガスの削減手法の多様化とコスト効率化」が挙げられます。企業の温室効果ガスの削減手法に「自社でCO2削減する」に加えて、「排出枠を企業や事業所から購入する」といった施策の選択が可能となるため、自社にあった手法で温室効果ガスの削減が可能となります。
また、そうした手法の多様化によって、企業の業種や形態によってより低コストな選択肢を選べるので、温室効果ガスの削減にコスト面でも最適な手段を選ぶことができます。

排出量取引の課題

一方で、排出量取引制度の導入における課題もいくつか存在します。

カーボンリーケージの問題

カーボンリーケージ(Carbon leakage)とは、環境規制が厳しい国で事業を行う企業が、規制が緩い国へ移って事業活動を行うことを指します。

企業がコストを削減するために、環境対策が緩やかな国へ移転してしまえば、結果的に地球全体での排出量は増加し、温室効果ガスの排出削減という本来の目的を損なう恐れがあります。そのため、すでに排出量取引を導入しているEUでは、カーボンリケージリスクが高い産業には、排出枠を多めに設定するなどの対策が行われています。

排出枠の設定の難しさ

先ほども紹介したように、排出枠の分配方法は「グランドファザリング方式」「ベンチマーク方式」「オークション方式」の3つが挙げられます。

制度の対象者にとって、取引が行われる排出枠の分配方法には、公平性と透明性が確保されること、コスト負担への受容が非常に重要となります。
排出量取引の方式

<出典>キャップ・アンド・トレード方式による国内排出量取引制度について|環境省

そうした分配方法に限らず、制度対象者を企業とするか、事業者とするかの選定、新規参入や閉業、合併などに対する排出枠の設定方法、経済活動との両立のための費用緩和措置になど、制度開始までの課題の整備が必要なります。

日本における排出量取引制度の現状

日本では、一部自治体で排出量取引が始まっています。現在運用されているのは「東京都」と「埼玉県」の2つです。対象事業者や内容についてみていきましょう。

東京都の事例

東京都では、2030年までに温室効果ガス排出量50%削減、2050年までに排出量実質ゼロを掲げています。そうした中で対象となる事業者に対して、キャップアンドトレード式による排出量取引を実施しています。
対象事業者は、3か年度連続してエネルギー使用量が原油換算で年間1,500kL以上の事業所になります。対象となった事業者には特定温室効果ガス(燃料・熱・電気の使用に伴って排出される CO2排出量)の削減義務が発生します。
削減義務率は以下のようになっています。
東京都排出量取引での削減義務率

<出典>排出量取引説明会2023|東京都

2024年は第3計画機関にあたり、特定温室効果ガス削減義務の履行期限は2026年9月末を原則としています。
東京都排出量取引のスケジュール

<出典>排出量取引説明会2023|東京都

埼玉県の事例

埼玉県においても、温室効果ガスを継続して多量に排出する大規模事業所に対して、削減目標を定めた排出量取引制度が運用されています。

東京都で行われている排出量取引と連携しており、東京都で創出されたクレジットを「東京連携クレジット」として、埼玉県の排出量取引制度の制限内で利用できます。

こちらも対象となる事業所は、原油換算で1,500kL以上を3か年度連続して使用する事業所となります。削減の対象となる温室効果ガスは、燃料、熱、電気の使用に伴い排出されるCO2です。東京都と異なる点は削減目標です。
埼玉県が事業所に求める基準は以下のようになっています。
埼玉県排出量取引の削減目標

<出典>地球温暖化対策計画制度 目標設定型排出量取引制度|埼玉県

海外の排出量取引の事例

海外の排出量取引の事例として、代表的な1つに欧州連合の排出量取引制度(EU-ETS)が挙げられます。EU-ETSは、「EU Emissions Trading System」の略で、2005年に世界で初めて導入された「排出量取引制度」です。

対象者は発電、鉄鋼、セメント、石油精製などのエネルギー多消費産業セクターや航空セクター、海運セクターなど約1万施設が対象となり、温室効果ガスはEU域内全体の約45%をカバーする世界最大の炭素市場と言えます。

EUにおける排出量取引は、2005年から現在まで4つのフェーズに分けられます。
制度開始当初の第1フェーズ(2005年〜2007年)から第2フェーズ(2008年〜2012年)の期間は、EU-ETS全体の上限(キャップ)を設けず、各国の配分計画の積み上げを行いました。この期間の排出枠については、過去の実績に基づいて排出されるグランドファザリング方式による無償割当が行われていました。
第1フェーズから第2フェーズは、キャップアンドトレード方式の最初のプロセスとなる目標設定に必要な実績の積み上げ期間と言えます。

第3フェーズ(2013年〜2020年)では、2020年までにGHG排出量を1990年比20%削減させるEU目標を達成するため、2013年のキャップを20.84億tCO2(前年比96.0%)に設定し、2014年以降のキャップは2008~2012年の排出量発行量の年平均から1.74%ずつ直線的に減少させた値を設定しています。

第4フェーズ(2021年〜2030年)は、2030年までにGHG排出量を1990年比最低40%削減させるEU目標を達成するため、2021年のキャップを15.72億tCO2(前年比86.5%)に設定し、 2022年以降のキャップは2008~2012年の排出量発行量の年平均から排出総量から2.2%ずつ直線的に減少させた値を設定しています。
EU排出量取引における排出枠割当実績

<出典>参考資料集|環境省

EU-ETSが運用され、対象産業の排出削減率はEU-ETSが開始された2005年比で約43%を達成し、温室効果ガス削減に大いに貢献したと評価されています。

排出量取引に関わるGX推進法

日本では、排出量取引や炭素税の導入に向け、「GX実現に向けた基本方針」の閣議決定とそれに基づいたGX推進法の制定など法整備を行っています。

GX推進法とは

日本も、国際公約である2050年カーボンニュートラルの実現に向けて動き出しており、GXと経済成長を実現するために、官民のGX投資が必要とし、その実現に向けた「GX実現に向けた基本方針」が2023年2月に閣議決定されました。

この基本方針に基づき、同年5月に「GX推進法」(正式名称:脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律案)が成立しました。
GX推進法には主に5つの法定があります。

  1. GX推進戦略の策定・実行
  2. GX経済移行債の発行
  3. 成長志向型カーボンプライシングの導入
  4. GX推進機構の設立
  5. 進捗評価と必要な見直し

このGX推進法の中の「成長志向型カーボンプライシングの導入」が日本における排出量取引の実施に関わっています。

成長志向型カーボンプライシング

成長志向型カーボンプライシングとは、単に企業に対して炭素排出のコストを負担させるだけではなく、むしろ企業が早めに脱炭素(GX:グリーントランスフォーメーション)に向けて投資やイノベーションを進めやすくなるように支援や制度を組み合わせた仕組みです。

成長志向型カーボンプライシングのポイント

2023年の通常国会で成立したGX推進法では、この考え方に基づいて以下のポイントが盛り込まれています。

① 企業が将来の見通しを立てやすくする
企業が脱炭素化のための投資を安心して前倒しで行えるよう、将来のルールやコストをあらかじめ明確にしています。

② GX経済移行債(約20兆円規模)の発行で、脱炭素投資を支援
「GX経済移行債」という新たな国債を20兆円規模で発行して、脱炭素に必要な設備や技術への先行投資を国が積極的に支援します。

③ 段階的なカーボンプライシングの導入

  • 2026年度から:企業間で排出量を取引する「排出量取引制度」を本格的にスタート。
  • 2028年度から:化石燃料を使った場合に一定の負担が発生する「化石燃料賦課金」を導入。
  • 2033年度から:電力会社などがCO₂排出枠を入札方式で購入する「有償オークション」を開始。
  • このように、成長志向型カーボンプライシングは、単なる規制強化ではなく、企業が自発的に環境投資を促進できるように支援と制度を一体化した仕組みとなっています。

    なお、2025年通常国会でGX推進法以下の内容を加えた改正案を提出予定となっています。

    ①排出量取引制度の本格稼働
    一定の排出規模以上(直接排出10万トン)の企業は業種問わずに一律に参加の義務化
    業種特性などを考慮した政府指針に基づき、対象事業者に排出枠を無料割当てを行う
    排出枠の上下限価格を設定することによる取引価格に対する予見可能性の確保をする。

    ②化石燃料賦課金の導入(2028年度〜)
    広くGXへの動機付けが可能となるよう、炭素排出に対する一律のカーボンプライシングとして導入。円滑かつ確実に導入・執行するための所要の措置を整備する。

    排出量取引制度

    日本における排出量取引制度は、2023年度からGXリーグ(GX投資とGHG削減及び社会に対しての開示を実践する企業の枠組み)にて試行的に開始されました。

    GXリーグでは、参画企業が自主設定した排出削減目標達成に向けた排出量取引(GX-ETS)の実施や、GX製品投入やサプライチェーン上での排出削減への取組を促進するためのルール形成を行っています。

    試行段階においては、GXリーグでの排出量取引制度は参加企業のリーダーシップに委ねた自主参加型としており、削減目標の設定と遵守についても、企業の自主努力に委ねるものとしています。

    2026年度以降は、GXリーグにおける排出量取引制度(GX-ETS)の本格稼働に向けて、一定の排出規模以上(直接排出10万トン)の企業は参加が義務となります。

    2033年度からは発電事業者に対して、一部有償で二酸化炭素の排出枠を割り当て、その量に応じて、特定事業者負担金を徴収を開始することが、GX推進法の中でも明記されています。

    まとめ

    排出量取引とは、温室効果ガスの排出削減を目指す制度で、企業や団体の排出量を売買する仕組みです。これにより、自らの排出を抑えた企業は、余った排出量を売却することができるため、温室効果ガスの削減に対してインセンティブが発生します。この制度により、環境対策と経済活動の両立が期待できます。
    しかし、実現までには様々な課題が存在し、社会的受容性が求められる敷居が高い制度とも言えます。

    2050年のカーボンニュートラルに向けて、日本の脱炭素は今後も加速していきます。日本でも、2026年度から排出量取引が本格的に稼働し、2033年からは第3フェーズとして、発電事業者への有償割当も開始されます。
    中小企業が対象となるのはまだ先の話かもしれません。しかし、先んじて脱炭素に取り組むことで、取引先やサプライチェーンからの要望にも応え、他者との優位性を築くことにつながります。

    こちらからは、脱炭素が推進される背景や脱炭素経営を実現するための手法をまとめたハンドブックをご用意しています。ぜひお手にとってご覧ください。

    “脱炭素経営手法ハンドブック”